つれづれなるままに~経営者の想い

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期待とは

企業は、人の発展なくして成長はあり得ないものです。
 誰しも人は、何かを求めたいばかりに、「期待しています」
という言葉が頭をよぎり、相手に押し付けてしまうことはないでしょうか?
子供の成長を願う親、、部下の成長を願う上司、など、「期待」という
言葉を再発見してみることにしました。
私は、かつて部下にこのように期待しました。
「自分の頭で考え行動できる人に成長してほしい。」
ところが、子供には、「うちの子は頭がいいわけないから。」という理由で、多くを期待しませんでした。
皆さんも、同じような期待を誰かにかけたりしていませんか?
期待した部下は、期待どうりになりませんでした。将来の、夢を共有したいばかりに一人ひとりの事を必死に
考えましたが、人は思うようになりません。一方、期待をしなかった子供は、親を悩ませられることは
なく、自分の意思でテキパキとして歩いています。
私は、ある時期から、「やるだけの事はやったのだから後は、山となれ、海となれ」と開き直りました。
ところで、もしかして、私が「期待した」ことは、期待されたスタッフに理解されていないのだと考えました。
つまり、期待のかけ方を、認識するようになったのです。
できない人間にできるようになれって言っているようなものではないかと悩みました。
 そこで、学歴もない、わがままな私の夫は、我が道を行く人で、部下に多くを期待しませんでした。
たとえば、小学生ができることを、社会人に教えているというありさまでした。
部下の結果がでるまで辛抱づよく待ってあげるというありさまです。私は、部下の育成で悩んだあげくに、このように
考えました。もしかして、この待つということの
できるリーダーこそ、部下がついてくる魅力ではないか?と。
いつしか、期待とは、まさに、できる期日を待つことなのだと思うようになりました。
責任感の強い私は、従業員の将来まで考え、完ぺきを求めるあまり、苛立ちを募らせてしまうことがありましたが
できる日を待つというこの辛抱こそ、スタッフを育てる良薬だと思うようになったのです。たとえば、
親が子に、勉強しろと言っても、なかなか、言うこと聞きません。しかし、子供は、いつまでも、待っている親がいることで、
安心するのだと思います。この期待のかけ方、期待する人、期待される人、立場は
変われど、真のリーダーは、「責めないきびしさと、なれあいではない優しさ」でもって、やる気を引き出したいものです。
 人が自分の能力以上の結果をもたらした時、ゴールが見え人は幸せになれるんだと思います。
期待と言う言葉には、正しい期待のかけ方があるのだと思います。
このように考えますと、まだ私の残された時間に対する、使命が潜んでいるように思えてなりません。

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