つれづれなるままに~経営者の想い

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想いは故郷の椎葉へ

「自分の飯ぐらいは、自分で食えるようになれ」椎葉村からひとりで出てきて
しかも、丸裸だった夫は従業員によくこんなことを言ってハッポをかけてきました。
その傍らで、貧しい暮らしから立ち上げた人間の理念を垣間見ては、団塊世代の
日本男児らしき、カッコよさに一瞬心を奪われることがあります。
 一方わたしは、客室乗務員になりたくて、関西外大に入学したものの、その夢は、
夫と出会ったために、夫の夢に便乗することになりました。
私は、夫の仕事に命を燃やし続けました。たとえどんなに、苦しい暮らしがまっていようとも、いったん
この人と、歩んでいくと決めたなら、「それ見たか・」と、後ろ指を指される、人生だけは、送りたくありません。
あるひとは、こんなことを質問してきたことが有りました。
「そんなに、必死で働いて、よほど旦那様のことが好きなのね。」とか、「よほど、お金儲けが好きなのね。」とか、、。
仕事とは、その作業の中に、その人が現れるもんです。
夫が好きだからやってのけれるもんじゃ有りません。

むしろ、団塊の九州男児である夫は、私には厳しく当たる人でした。
私は商いが好きでは有りませんでした。むしろ、嫌いといった方がいいかも知れません。
私の人生のすべてをかけ続けてこれたのは、喜んで下さるお客様に何とかお応えするためでした。
そのために、自分のことより相手の事を、一番に考えました。たとえば、私の故郷である串本町より、夫の椎葉村を
思い描き、このホームページに載せさせて頂きました。
 想いもよらないことが起きたんです。椎葉村役場の方から、是非、お会いしたいと、、、。
ついに明日は、新店舗オープンです。びっくりしました。椎葉村から、お祝いのお花が、、。
客室乗務員になって空を飛ぶことはかないませんでしたが、夫の故郷からも応援して頂いて
一生涯忘れることのできない、オープンとなることでしょう。
今から、ワクワクしています。
 

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