つれづれなるままに~経営者の想い

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父の病のこと

父が脳血栓で倒れてから、白浜にある南和歌山医療センターへ、
三日間行って来ました。
「お父ちゃん誰かわかる?」というと、頷きましたが依然として言葉が喋れず
右手右足に後遺症が残ったままでした。
そんな父が私に向かって何かを言うのです。
「しよ、、。うま、、。か」
何も言えたくても私にはわかるのです。
「商売上手い事いっているんか」
元気なときも、いつも、私に「事業がうまくいっているか
それだけが心配」それが口癖でした。
こんな姿になってまでも、娘の事業を心配する姿に父への
感謝の言葉以外なにもありません。
想えば、これまで損得なしに働く事が好きだった父と一回だけ意見の衝突
をしたことがありました。
それは、従業員に対してでした。
今から三十年前の事、事業をやり始めたころかもしれません。
父は、従業員の福利厚生を充実させるように指導してきました。
私はこのように反論したものです。
「お父ちゃんは公務員だから、待っていても給料もらえるからそんな
形式ばったことをいうのよ。企業はまずどうすれば売上が立つか其の事が
優先なんや。お父ちゃんは甘い。」
父は「おまえの言うとおりや。しかし従業員は宝や。その事忘れるな」
こんな単純な言葉の衝突がありました。
ベットで横たわる父が命が燃え尽きようとしているかもしれないというのに
最後の最後まで、子供を心配してくれている。
目の前の父にこう叫びました。
「お父ちゃん今は子供たちが頑張っているし、従業員も人柄のええ人
来てくれているんやで」
白浜の星空に向かって、まるで子供のように叫んだ。
「おじいちゃんおばあちゃん、お父ちゃん連れていかんといて」

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